産婦人科 ミニテスト⑨ 「授乳とくすり」まとめ

みんなで産婦人科研修

学習目標
 ・ 医薬品添付文書の記載されている内容の意味を理解する。
 ・ 薬剤の乳汁への移行と、乳汁産生の生理について理解する。 
 ・ 授乳婦への薬剤投与について、適切な知識と資料を用いて、アドバイスができる。

1.海外と我が国での考え方の違い

日本の医薬品添付文書では、「投与中は授乳を中止させる」と「授乳を避けさせる」と記載されている薬が約3/4を占め、残る約13%は「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にだけ投与する」と記載されている。つまり、医薬品添付文書の記載に従うと、薬を服用した方のほとんどが授乳できないことになってしまう。

授乳婦への投与禁忌の理由としては、実験動物において乳汁中に移行するためであることが多く、どのような有害事象が起きるかは記載されていないことも多く見られる。実験動物はラットが80%以上を占めているが、ラットの母乳成分はヒトとは異なるため、ヒトでも同じように薬が移行するとは限らない。

一方で海外においては、UNICEF/WHOが「ほとんどの薬は非常にわずかながら母乳に移行するが、赤ちゃんに影響のあるものはほとんどなく、授乳をやめる方が薬を服用するより危険である」と発表している。

ほとんどの薬において母乳中への移行は、「母親が内服した量の1%以下」であり、こうしたエビデンスを踏まえて、UNICEF/WHOやアメリカ小児科学会では、授乳禁忌とされる薬は3%のみであり、注意すべきあるいは影響の懸念のある薬は23%、それ以外の74%にあたる多くの薬は授乳中に使用しても差し支えないと記載されている。

WHO/UNICEFでは、授乳中に禁忌とされているのは、抗がん剤と放射性物質のみである。近年では、抗がん剤も半減期の短い種類を使い、授乳を併用する例なども見られている。

母乳育児と母親への薬剤投与(WHO/UNICEF)

2.薬剤の乳汁への移行

経口投与された薬は、消化管から体内に吸収され、肝臓を通って代謝され、血液に乗って全身に運ばれる。
血液に乗った薬の一部が母乳へと移行する。

母乳移行を決定する因子

1)分子量
分子量が小さい薬ほど母乳中へ移行しやすい。
ヘパリン、インスリン、インターフェロンなどは分子量が大きいため、母乳中にほとんど移行しない。

2)タンパク結合率
血漿タンパクと結合した薬は、腺房細胞の細胞膜を通過できないため、母乳中へ移行しない。
タンパク結合率の高い薬は、母乳へ移行しにくいといえる。

3)脂溶性
脂溶性(脂質に溶けやすい)の薬は細胞膜を通りやすいため、母乳中へ移行しやすくなります。

4)イオン化
乳腺細胞の細胞膜は非イオン型の薬だけを通す。
血液のpHは7.4、母乳のpHは6.6~7.0であるため、弱酸性薬剤は血液中で多くイオン化され、母乳中にはあまり移行しない。一方、弱塩基性薬剤は血液中でイオン化されにくいため、膜を通って母乳へ移行する。弱塩基性薬剤ほど母乳中の薬の濃度が上昇する。

5)M/P比(milk/plasma ratio)
薬の母乳中濃度/母体血液中濃度比をいう。血液中から母乳中へ薬の移行のしやすさを表す。
M/P比が低い(特に1以下)と、母乳への移行が少ないと考えられる。

6)半減期 T1/2
血液中の薬の濃度が半分に低下するに必要な時間である。半減期の長い薬は、母体血液中の薬の濃度が高い時間が持続するため、母乳へ移行も増加する。

3.乳汁産生の生理

乳汁産生は3期に分かれる。一般的に薬剤と授乳のアドバイスを求められるのは、産後9日目ほどからは乳汁生成3期にあたる。乳汁生成1期と2期は母乳産生量は内分泌によるコントロールを受けているが(endocrine control)、乳汁生成3期では全く違うメカニズムで乳汁産生を保っている点が、薬剤のアドバイスをする上で非常に重要である。

乳汁生成3期とは乳汁を安定して産生する維持期である。この時期の乳汁産生量は、1回の授乳で乳房内から除去される乳汁量で決まる。すなわち児が飲みとる分だけ乳汁産生され母乳量を保っており、これを局所的調節(local control)という。乳汁分泌の確立した母親では、授乳回数が多いほど乳汁産生が多くなる。

しかし、乳汁中には乳汁産生抑制因子(FIL:feedback inhibitor of lactation)が含まれており、乳汁が乳房に長期間貯留すると、FILにより乳汁産生が低下する。

Lactogenesis(乳汁生成)
(https://kellymom.com/hot-topics/milkproduction/)
Local control
(水野克己・水野紀子:母乳育児支援講座,南山堂,2011)

薬剤の内服により安易に一時的な授乳中断を指示すると、FILにより乳汁産生の低下を招き、ひいては卒乳につながってしまうリスクがある。また維持期での中断は、乳汁うっ滞や乳腺炎を招き、母体の体調を一層悪化させることもある。

母乳栄養には多くの利点があり、児の感染症罹病を低下させ、認知能力発達を促す。母体においては乳がんなどの罹患を減少させ、避妊の作用もある。

母乳栄養の利点と乳汁産生の生理を踏まえ、安易な授乳の一時中断は様々な影響を招く可能性を理解し、授乳と薬剤のアドバイスを行うことが求められる。

4.実際の対応

ほとんど全ての薬剤は、程度に差異はあるが、母乳中へ分泌され、児は母乳を通じて薬物を摂取する。ただし、子宮内での暴露の水準に比べると母乳を介する薬剤暴露は桁違いに少ない。

基本的には薬剤内服中も授乳によるメリットの方が大きく、WHO/UNICEFによる「母乳育児と母親への薬剤投与」によると、授乳禁忌となる薬剤は抗がん剤と放射性物質のみである。
他の薬剤については、乳汁への移行や児への影響について、下記の情報源を参考にアドバイスを行うことになる。

一つの指標として、薬物安全性評価では、相対的乳児投与量(relative infant dose:RID)を検討する。

RID(%)
=経母乳的に摂取される総薬物量(mg/kg/day)/  当該薬物の児への投与常用量(mg/kg/day)×100

薬物の種類にもよるがRIDが10%をはるかに下回る場合には、児への影響は少ないと見積もられる。
10%を大きく越える場合には、相当の注意が必要である。

以下の医薬品は「産婦人科診療ガイドライン産科編2017」において、授乳婦へは投与すべきでない、あるいは慎重に投与すべき医薬品として挙げられている。

(産婦人科診療ガイドライン 産科編2017,杏林舎)

5.授乳中の薬剤使用の情報源

1)LactMed
インターネット上で授乳と薬に関する情報を無料公開しているデータベース。アメリカ国立医学図書館(NLM:National Library of Medicine)が母体となって運営している。

2)国立成育医療研究センター:妊娠と薬情報センター
厚生労働省の事業として、患者・医療従事者に対する情報提供を行っている。ホームページにて、「安全に使用できると思われる薬」「授乳中の治療に適さないと判断される薬」を公開している。妊娠と薬外来を開設して、個別のカウンセリングを行っており、電話・書面による個別相談も受け付けている。

3)Drugs in Pregnancy and Lactation(書籍)
1,200以上の薬剤について、薬剤の妊娠と授乳への影響の文献が掲載され、リスク分類と要約がある。

4)Medications and Mother’s Milk(書籍)
授乳と薬に特化した教科書。薬剤ごとの分子量、タンパク結合率、M/P比、T1/2などが記載され、独自のリスク分類が設けられている。

5)薬物治療コンサルテーション 妊娠と授乳(書籍)
妊娠・授乳と薬に関する情報が詳細な根拠とともに記載されており、日常診療で参照しやすい。

6.授乳と造影剤

・ヨード造影剤
主にCTで用いられるヨード造影剤は、脂溶性が低いため投与後24時間以内の母乳への移行は投与量の1%未満であり、乳児の消化管からの吸収は母乳中の造影剤の1%未満である。したがって、母乳から乳児によって吸収される予想される全身投与量は、母親への投与量の0.01%未満である。この量は、乳児に造影剤として推奨される用量の1%未満に相当している。

・ガドリニウム造影剤
主にMRIで用いられるガドリニウム造影剤は、投与後24時間以内の母乳への移行は投与量の0.04%未満であり、乳児の消化管からの吸収は母乳中の造影剤の1%未満である。したがって、母乳から乳児によって吸収される予想される全身投与量は、母親への投与量の0.0004%未満である。この量は、乳児に造影剤として用いられる許容量よりはるかに少ない。

日本で販売されているヨード造影剤およびガドリニウム造影剤の添付文書には、「授乳中の女性への造影剤投与後24時間または48時間は授乳を避けること」と記載されている。
これは動物実験において造影剤の乳汁中への移行が報告されていることを理由としている。しかしながら、米国放射線学会や欧州泌尿生殖器放射線学会のガイドラインでは、造影剤使用後の授乳について強い制限はしておらず、国内の添付文書の記載と一致していない。

こうした海外のガイドライン等を踏まえ我が国においても、造影剤使用後の授乳による児への影響は非常に小さいと考えられるため、2019年5月に日本医学放射線学会は、「特段の理由のない限り、造影剤使用後の授乳制限は必要ないものと判する」との声明を発表した。

・バリウム
胃透視に用いられるバリウムは、以前は検査後24時間は授乳を控えることが勧められていたこともあったが、経口使用しても母親の体内には吸収されないため、母乳中へも移行せず、授乳は継続可能である。

7.授乳とワクチン

授乳婦に生ワクチンまたは不活化ワクチンを接種しても、母乳の安全性に影響を与えない。母乳はワクチン接種に悪影響を与えず、禁忌にはならない。
風疹ワクチンは母乳に分泌され、児に対して無症候性感染を起こすこともあると言われているが、臨床的に問題となることはなく、むしろ風疹抗体価が低い妊婦では産褥期でのワクチン投与が勧められる。

8.授乳と薬のカウンセリング

トロントの小児病院にて、母親に授乳中の抗菌薬投与について、その安全性を情報提供した後に再確認したところ、125人の母親のうち19人は服薬をしておらず、7人は授乳をやめていたとの報告がある。
このエピソードから、母親に情報提供のみを行っても、母親の不安や心配の聴取などカウンセリングを行わなければ、十分なアドバイスにはなっていないことが示唆される。医療者は、母親の我が子への不安・心配をくみ取り、アドバイスを行うことを心がける必要がある。

今回のまとめ

医薬品添付文書における「授乳禁止」あるいは「授乳を控える」ことが勧められる薬剤は、有害事象の有無ではなく、乳汁中に移行することだけを理由にしていることが多い。

ほとんどの薬剤は乳汁中へ移行するが、その量はわずかであり、授乳のメリットを考慮すると、授乳を中断するほうがリスクがある。

授乳と薬剤のアドバイスにおいては、情報提供のみでは不十分であり、母親の不安等も含めてカウンセリングを行うことが重要である。

「結局どの薬はダメなのか」といった質問を受けることがありますが、絶対に安全という薬はありません。
しかしWHO/UNICEFの情報に基づくと、抗癌剤と放射性物質は禁忌として、ほかは基本的に服用が許容されるでしょう。
それは母乳が母児ともに大切なものであることにも関連しています。
安易な一時的な断乳が、卒乳につながるつながることもあり、お母さんの不安に寄り添った説明が大事ですね。

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